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2001年湯かけ祭り
1月20日土曜日、早朝。川原湯温泉は異様な熱気に包まれていた。
川原湯温泉の中心部にある公衆浴場、王湯前の広場に大勢の人が集まっている。なぜか雨具を来た人が多い。
空を見上げると満天の星。こんなにいい天気なのに、どうしたんだろう? 防寒着のつもりなんだろうか?
NHKらしきテレビ局も来ている。よく見ると、ばかでかい業務用テレビカメラはレンズだけ出してビニール袋に覆われ、やたらと物々しい。
何か変だぞ。その理由は、しばらくする内に分かってくる。
午前5時。広場にあるステージに神主さんが登場。続いて紫ふんどし姿の総大将と、赤ふん白ふんの大将2人が登場する。
神主さんが祝詞をあげる。巫女さんの手で御神酒が見学者に配られ、暖かい温泉みかんが投げられる。
外は凍てつく寒さ。ふんどし姿の3人は、ガチガチ歯を鳴らし、気合いで寒さを我慢しているのが分かる。
「大変だなあ」
と、思わず同情してしまったりする。
そこに、木桶を持った裸の2団が登場。1団は赤ふんどし、もう1団は白ふんどしをつけている。
大将を先頭に、紅組は坂の上へ、白組は坂の下へ。
「いくぞ」「おー!」
向こうの方で、気合いを入れる声が聞こえる。
「何だ何だ?」
と思っている内に、2団とも戻り、ステージ前で向き合って整列。
「お祝いだ〜!」バシャッ
桶の湯を、相手方に向かって力一杯かける。水の束が弧を描いている。極寒の空に湯気が舞い上がり、ライトに照らされる。光と湯と湯気とが演出する一大ショーだ。
「お祝いだ〜!」バシャッ
最初は整然としていたが、次第に乱戦となっていく。相手方の1人を目がけて、お湯をぶつける。小さい子供までが重そうに桶を持ち、かわいらしく叫んでお湯をかけている。「お湯をかけられるなんて悲惨だなあ」
と最初は思ったけど、よく考えると裸なんだし、お湯を受けた方が身体が暖まり、ありがたいのだろう。
だけど、
「凄いなあ」
なんて他人事のように思っている余裕はない。その内に、他人事ではなくなってくるのだ。
前の方にいると、流れ弾ならぬ流れ湯が降り注ぐ。お湯をかけあう「戦場」は、その時によって前後に移動する。気をつけないと、まともにお湯を喰らう。特に写真を撮るのに夢中になっていると危ない。
「戦場」と離れているからと言って、安心はできない。ふんどし男が観客のいる方に逃げ込んでくる。それを別の、ふんどし男が追ってくる。
「わー止めてくれー」
わざとらしく言いつつ、ふんどし男の目が笑っている。何か変だ。
逃げてきた男と、その男を追う男の目が合い、2人ともニヤリとする。
一瞬の殺気。
「お祝いだ〜!」バシャッ「ぅわ〜」
びしょ濡れになる観客。究極の「やらせ」。
そうか、だからみんな防水対策をしていたのか。ようやく分かった。
ステージの目の前は小高くなっていて、大勢のカメラマンが特等席とばかりに三脚を構えている。そこにも容赦なく湯の洗礼が届く。
「お祝いだ〜!」バシャッ「ぅわ〜」
もともと、そこは丘と言うよりも崖に近い。しかも、ほとんど奥行きがなく、お湯が来たら逃げようがない。
観客達が濡れねずみになる頃、祭りはクライマックスを迎える。紅白ふんどし姿がステージ前に集結する。
ステージの前にある2つのくす玉。
「準備はいいか?」
「お祝いだ〜!」バシャッ
くす玉めがけて、お湯の一斉攻撃。くす玉が割れ、中から1羽ずつ鶏が出てきた。
と思いきや、片方の鶏は紐か何かに絡まり、空中でもがいている。それ目がけて桶が飛ぶ。どうやら紅組の鶏らしい。
白組は自分達の鶏を手にして、ステージにいる神主さんに捧げる。
「白の勝ち、白の勝ち」
先に鶏を奉納した方が勝ちらしい。こうして2001年の湯かけ祭りは、白組の勝利の内に終わったのだった。
「いやあ面白かった」
「こんなお祭り、なかなか他では味わえないぞ」
「来年は、ぜひ出てみたいな」
地元でないと出るのは難しいだろうが、見学するだけでも十分に楽しい。何と言っても、ただ見学するだけでなく、お湯の洗礼も受けるのだから。
お湯を浴びながら見学している内に、何だか自分も一緒になって祭りに参加しているような気分になってくる。それが不思議だ。この祭りの醍醐味なんだろう。
川原湯温泉は八ツ場ダム建設により、数年後にはダム湖の底に沈む運命となっている。 それまでの数年間、ぜひ多くの方に湯かけ祭りを体験してもらいたい。こんな面白い祭りは、滅多にないのだから。
【土井健次】
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